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【LW】つかの間の休息

別題:夫婦の時間(をください)
続き
「まずはこの世界がどういう世界なのか教えて貰おうか」
 最近顔なじみとなった少年に手招きされて同じテーブルに着くや否や、少年は実に上からの物言いを里玖と雪奈質問を投げかける。
 小腹がすいていたのか、雪奈はそそくさとウェイトレスにメニューを注げていて、注文を終えた雪奈が里玖を見れば彼の眉間には谷のような深い皺が刻まれていた。
 相性の悪さは初めからわかっていたため、雪奈はどう宥めたものかと思う。
『すみません雪奈さん、私からもお願いします』
 聞こえた姿の見えない電子音の声に“あぁ、向こうも困ってるな”と悟った雪奈は口を開いた。
「私にもよくわかってないんだけど、それでもいい?」
『構いません』
 “それじゃあ”と雪奈は説明を始める。
 今いる“夢ノ国”のこと、世界を脅かしている“黒キ者”のこと、その手段たる“界蝕”のこと、対抗する四人の神官のことを。
 説明と言っても神官たちから聞いたことをそのままに伝えるだけで、雪奈自身しっかりとは理解しきれずにいた。
 そして、この世界に助っ人として冒険者と勇者が召喚されたと告げると、少年は状況を把握したのかシニカルに笑いながら“よぅく理解した”と会話に参加する。
 里玖は何時でも抜けるようになのか、剣帯から外した後も柄に手を載せて臨戦態勢を取っていることに雪奈は気づき、小さくため息をもらした。
「ところでお前たちはどっちだ」
「……後者、かな」
『まぁ納得』
「……俺は知ったことじゃないがな」
「里玖っ」
「らしいと思うがね」
「ほっとけ。それよりも、あんたはここで何をしようとしてる?」
 警戒を解かないままに里玖は少年・カリスに問う。
 カリスはくつくつと笑っていて、里玖の視線が鋭い物に変わっていく。
 内容次第では即座に切ることを辞さない様子だった。
 しかし、帰ってきたのはとぼけた表情付きの“さあ?”と言う答え。
 苛立ちが里玖の中で募っていく。
「ふざけているのか」
「そういう訳でもないが……そうだなぁ」
 わざとらしく空を見るようにして考え込む仕草を見せるカリスに、里玖は一層睨み付けた。
 それに気づいたカリスは顔を里玖の方に向けてひねり、ほんの少し真剣な声色で告げる。
「お前たちを敵に回すのだけは好ましくない、と言っておこうか」
 あぁ、もうこの人は本当に…と雪奈は顔に出さないように頭を悩ませる。
 “詭弁だな”と告げた里玖の声は冷たい物だった。
 カリスはお手上げのポーズを見せ、伏し目がちに笑いながら立ち上がる。
 その手にあったのは伝票。
「何処へ行く」
「はて。お前に言う義理はあるかな?」
「情報なら提供しただろう」
「水気取り分の程度には、確かに貰えたな」
「なに」
「等価交換だ」
 そういってカリスはひらひらと手を揺らし、腰を浮かせた里玖を視線だけでその場に留めさせた。 
 それから雪奈、里玖それぞれの目をしっかりと合わせて、
「心配しなくても、ここの勘定くらいは持つ。ごゆっくり」
『ごゆっくりー』
 いままでに見たことのない満面の笑顔に、二人は思わず圧倒された。
 有無言わせないような威圧感を伴うその笑顔に固まってしまう。
 そしてカリスは、そのまま店を出て行ってしまった。
「はい、お待ちどう。おや、お連れさんは?」
 タイミングがいいのか悪いのか、ウェイトレスが先ほど頼んだものを持って二人のテーブルに料理を運んでくる。
「え、あ。用事があるみたいで……」
「あれまー。ちょっとサービスしたんだけどね。まぁ、ゆっくりしていきなさいね」
 そう言ってウェイトレスは三人前ほどあるチャーハンと取り皿をテーブルに置いて戻っていく。
「……り、里玖? ご飯、食べよっか?」
「あ、あぁ……」
 硬直から解けた二人はふぅぅと長いため息をつく。
 里玖の手から、やっと剣が離れた。
「しかし、カリス君もこっちに来てたんだなぁ」
 取り皿に自分の分を盛りながら雪奈はしみじみ言う。
「カリス君も冒険者なのかな?」
「それはないな」
「え?」
「やつの耳に俺たちがつけているようなイヤリングがなかった。おそらく俺たちのように 召喚(よ)ばれたわけではないだろうな」
「……何にも起きなきゃいいけれど」
 もぐもぐ、としゅんとした顔をしながら食べることをやめない雪奈。
 里玖はそんな表情をする雪奈の頭を撫でて“やつならどうとでもなるさ”と言う。
 心配をしているが空腹には勝てなかった様子で、雪奈は二人分の量をぺろりと食べてしまった。
「もうちょっと食べたいな。あ、すいませーん」
「……太るぞ」
「うっさい! あ、これとこれを――」
「あとエールも1つ」
 カリスと別れてから、雪奈が満足するまで食事を続けるのだった。


 時刻は夕方。
 食事も終わり、二人は里玖が宿泊している部屋にいた。
 駆け込んだ大衆食堂がちょうど里玖の泊まっている宿だったこともあり、何かと力を貸してくれていたマスターに見つかったことを報告すると自分のことのように喜んでいた。
 祝いに、といくつものアイテムを渡されて今はそれの仕分けをしつつ、まったりとした時間を過ごしている。
《雪奈様!》
「ジンさん! あなたも来ていたのね!」
《はい! 御無事でなによりです!》
 人の姿から猫の姿に戻ったジンは愛おしそうに雪奈に頬ずりをした。
 雪奈も嬉しそうにそれを受け入れている。
「里玖と一緒にいてくれてありがとう、ジンさん」
《いえ、雪奈様が御無事で本当に……本当に……》
「ジンさん泣かないで」
 泣き出すジンに慌てる雪奈。
 ベッドに腰掛けている里玖はその様子を見て、心穏やかになっていた。
 先ほどまでに募っていた苛立ちはとうに消えていて、優しい笑みがにじみ出ている。
《それでは、私はこれにて。里玖様、また何かありましたら》
「あぁ、その時はよろしく頼む」
 ぺこりと頭をさげて、ジンは里玖の影へと溶けて行った。
 それを見送り、雪奈は里玖の隣に寄り添うように腰かける。
 そっと、手を握って。
「里玖が無事で、よかった」
「雪奈……」
「いきなりいなくなるから、本当は心配だったの。でも、ここに来て里玖の魔力があって嬉しかった……突然ルーさんたちがいて、この世界の事情を聴いて、すぐには戻れない、なっておも、て……」
「雪奈……」
 ぽろぽろと雪奈の瞳から雫がこぼれる。
 先ほどまでに見せていた笑顔は姿を隠し、緊張の糸が切れたように涙がこぼれ落ちる。
「よかった……あいた、かった……」
 泣き出す雪奈を里玖は抱きしめた。
 自分の胸で声を上げながら泣く雪奈を落ち着かせるように背中を撫でる。
 気丈に振る舞っていたらしく、ほっとして気持ちが溢れてしまったようだった。
 しばしの間、抱きあったままで雪奈は泣き続けた。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか、外は暗く宵の帳に包まれている。
 窓から見えるのはぽつぽつと灯る家の灯り。
 雪奈の泣き声が小さくなっていて、二人は顔を見合わせる。
 彼女の顔は涙でぬれ、眼は赤く充血しているほど。
 里玖はそんな雪奈の瞼に口づけを落とし、どちらともなく口づけしようと距離が近くなったとき――
「?」
「どうした?」
「大きな力が……」
 唐突に感じた大きな力に、近づいた距離はゼロならずに止まってしまった。
「これは……カリス君?」
「あいつが何かしたのか?」
「さぁ……? 外を見てみないと――」
 そう言って雪奈は里玖から離れて窓際へ。
 わからないと言おうと思っていた雪奈は外を見て“わーお……”と声をもらした。
 何事かと思った里玖も傍に来て呆れた顔をする。
 窓から見えたのはとてつもなく大きな氷柱。
 遠くに見える城壁の頂点まで届きそうなぐらいの高さのそれを見て、呆れたため息が1つ。
「なんてものを……」
「大方、脱走を図ったのだろう。目印がないのに中にいたのは不法入国だったのかもしれんな」
 眉間に皺を寄せる里玖を見て、雪奈は苦笑をもらした。
「まったく、邪魔しやがって……」
「まぁまぁ……里玖」
 なだめるように雪奈は里玖の名を呼ぶ。
 里玖が振り向くと、雪奈の顔がすぐ近くまで迫っていた。
 それに応えるべく、里玖は雪奈の肩をつかんで距離を近づける。

〔勇者様―!!〕

 突然入り込んだ聞き覚えのある少女の声に、交わされるはずの口づけが出来なくなってしまった。
「て、テラス!? どどどうしたの?」
 上ずった声で雪奈が返す。
 心に響くような声はあの幼い神官のもので。
 どうやら里玖にも聞こえてたらしく、機嫌が一気に悪くなるのを見て雪奈は青ざめる。
〔ご、ごめんね、勇者のヒト。お取込み中だったよね、ごめんね〕
 ちょっと申し訳なさそうに少年の声がする。
 どうやら赤の神官も交心術が使えるらしい。
 しかし“お取込み中”と言う言葉に里玖の目がつりあがる。
「貴様ら……視えるのか……」
「り、里玖! 落ち着いて!? で、いったいどうしたのかなー?! これって交心術ってやつでしょー!?」
 ドスのきいた里玖の声に、雪奈はどうにかしようと上ずったままの声色で尋ねる。
〔そう。実は国の外に大きな界蝕が現れてるんだ。詳細はこっちで伝えたいから急いで来てほしいんだけど――〕
「断る」
「里玖!!」
「俺はともかく、雪奈はこちらに来たばかりで疲れている。そうそうに行けるかっ」
 里玖の表情は苛立ちと怒りで引きつっていた。
 しかし界蝕と訊いて雪奈は思う。
「分かった。でも時間をください。30分くらいでいいから」
「雪奈、何を言って――」
「もしかしたら帰る方法が見つかるかもしれないでしょ? それに、この世界が不安定なのは里玖も知ってるはず。何かあったら私達、帰れなくなるかもしれないでしょ?」
 雪奈に説き伏せられ、里玖は言葉を返せなかった。
 盛大にため息をもらし、“わかった”と一言。
〔協力感謝するよ。ちょっとくらい過ぎてもいいけど、できるだけ早く来てほしいんだ〕
「わかりました」
〔それと、お邪魔しちゃったお詫びにアイテム準備しておくから〕
「ありがとう、トト君」
 それ以降、神官たちの声が聞こえることはなかった。
 ふーっと息を吐く雪奈。
 しかし、里玖は怒りを露わにしたままだった。
「いったい何を考えてるんだ! さっきまで泣いて疲れてるだろうに!」
「さっきも言った通りだよ。この世界が消えたら私達も消えるかもしれない。力を貸すっても言っちゃったしね」
「だからと言って……」
 その声色には“お前が心配なんだ”と言う意味が含まれていることに気づいた雪奈は“大丈夫だ”と笑っていう。
「だって、私には里玖がいるから」
「雪奈……」
 自然と近づく二人の距離。
 三度目の挑戦は誰にも邪魔されることなく交わされるのだった。


 そして30分後、二人は最初の部屋に来ていた。
 神官たちは全員揃っていて、どうしてか青の神官の機嫌は悪い。
「……アレウスさん、どうかされたんですか?」
「不法入国者がいてね、追いかけたけど逃げ――」
「それ以上言うなっ」
「ハイハイ……それで、界蝕のことなんだけど、街の南のほうに巨大な界蝕が現れたんだ。ボクは遠くを見れる、いわば千里眼が使えるわけなんだけど。その界蝕に入ってく人がいてね」
 真剣な表情で話すトト。
 その人が誰なのか、雪奈は何となく想像がついた。
「その界蝕は黒キ者が作り出したものなんですか?」
「ボクは別のものだと考えてる。ルー姉さん、どう思う?」
「そうね……中を見てもらわないと何ともいえないけれど……時々記憶のオーブで現れることもあるし……」
「え、そうなんですか?」
「はい。そもそも、オーブとは特定の記憶が封印された結晶なのです。封印された記憶の力が巨大であればあるほど、1つの異界が作れるようなのです」
「そんなこともあるんだ……」
「はい。なので勇者様には界蝕の調査をお願いしたいのです。今のところは魔物が出ていないのが気になるところではありますが……」
 ルーが申し訳なさそうに告げると雪奈は大きく頷きながら“わかりました”と言う。
「それと、できたら先ほど出た不法入国者の捕獲を頼みたい」
 そう言ったのはアレウスだった。
 怒りは抑えられているが形相にそれが出ている。
「見た目は貴殿よりも幼い。おそらく15,6と言ったぐらいだろう。茶の髪と瞳、見た目は旅人のようだが私の張った結界をたやすく破壊する。黒キ者に連なる可能性も捨てきれん」
 あぁ……と二人は同時にあの少年を思い出した。
「その人……たぶん、知り合いだと思います。すみません、かなりおちょくったんじゃないですか?」
「なっ!?」
「やっぱり……すみません。代わりに謝ります。その人も中に入ったんですね?」
「うん。勇者のヒトを知ってるようなそぶりで誰かと話してたからね」
 トトの言葉を聞いて二人は確信する。
 その界蝕にカリスが入っていったのだと。
「わかりました、今から向かいます」
「勇者様……ありがとうございます!」
 雪奈の返事にルーは嬉しそうに言う。
 また、答えを聞いたトトは麻の袋を取り出した。
「はい。約束したやつ。中に活力の秘水と闘神の秘水が入ってる。活力は傷薬、闘神は気力回復って思っていいよ」
「わかったわ。ありがとう」
 里玖が麻袋を受け取り、腰につける。
「それでは、行ってきます」
 こうして、二人は神官からの依頼を受けて城下町を後にした。
 目指す先は、巨大な界蝕。

***
神官様から界蝕調査の依頼を受けました。
簡単にオーブの説明を受けなおしたので説明も出来るかと思います。
また氷柱ができた時に雪奈が気づいた時、テラスに邪魔されたのもあって、
里玖の状態:激おこ、になってます。
時間が多少空くので少しは落ちつくかと思いますが。

カリス君の起こした騒動について
雪奈は泣いていたのでまったく気づいてません。
里玖は騒がしいな、ぐらいにしか思ってないので気にも留めてません。

界蝕の位置は適当に書いてしまったので、ちゃんとした位置が分かったら書き直します。
異界突入は次回だな…むりだった…

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