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【本編後】 心の海にしずむ少女 【隼弥】・後

隼人のキャラの方向性が迷子になった。
学園のあいつはどこに行ったんだろう…

続き
 ふっと目を開けると、隼人は水の中にいた。
 ゆらゆらと揺れる水の中で、一瞬慌てる隼人だが普通に呼吸ができるとわかって夢の中なのかと一人ごちる。
 上を見れば揺れる水面。下を見れば暗闇が水と共に揺れている。
(弥悠さん、どこにいるんだ)
 水底を探すように覗くと闇の中で動く影があった。
(弥悠さん?)
 期待が隼人の胸に生まれる。
 そんな時に一筋の光が水底へと差し込んだ。
 黒く長い髪を漂わせ、黒いワンピースを纏っている少女の姿が一瞬見え、隼人は手を伸ばすと波にさらわれて見えなくなってしまう。
(どんどん沈んでる……弥悠さん!)
 近づこうと隼人は水を蹴る。
 しかし見えた影は下へとどんどん沈んでいき、追いつけない。
(拒絶されたら戻れないかもしれないって言ってたけど、見つけられた今なら)
 隼人はここに来る前にアレクサンダーから注意されたことを思い出し、ぐっと気合いを入れる。
 注意されたこと、それは弥悠に拒絶さたら戻れなくなるかもしれないことだった。
 危ないとアレクサンダーが判断した時は引き戻すと隼人に約束したが、それ以外では干渉しないとも言い、隼人はそれを了承して今この場所にいる。
(なんて声かけていいかわからないけど、弥悠さんと話したい)
 水を蹴り、沈んでいく弥悠を追いかける隼人。
 そんな時にまた光が射す。
 暗い水底から見上げていた弥悠と目が合い、隼人は叫んだ。
「弥悠さん!!」
「!」
 弥悠は驚いたのか隼人に背を向け、自らの意思でさらに沈んでいく。
「弥悠さん!!」
 力強く水をけり、隼人は必死で距離を縮めていく。
 手を伸ばし、彼女の名前を呼びながら。
 やがて、水底へとたどり着く隼人。
 探していた人は、岩陰に隠れるようにうずくまっていた。
「ようやく追いついた……みゆ――」
「……して」
「弥悠さん?」
「何で……誰にも、合わせる顔なんてないのっ」
 手を伸ばしながら名を呼ぶ隼人だが、呼ばれた当人は拒絶するような涙声で叫んだ。
「もう、放っておいてよ!!」
「弥悠さん……」
 伸ばした手を隼人は引き込める。
 わずかに射していた光が陰りを見せて辺りを黒く染め、たださえ光の入らない海の底はあっという間に暗闇に包まれた。
 弥悠の姿も、隼人の姿も黒い闇に包まれて姿が見えなくなっていく。
(あぁ……俺なんかが……助けられるなんて思っちゃいけなかったんだ)
 何も見えない暗闇の中、荒波が隼人を襲い、飲み込んでいく。
 息もできないような激流に抵抗することなく、隼人は流されるまま。
【何をしてるのだ人間!!】


 がたり、と隼人の体が崩れ落ちる。
「隼人さん!」
「あ、れ……」
 ぼーっとした表情の隼人を心配するように雪奈が覗き込む。
 説明を受けた時にまだ高かったはずの陽がとっぷり沈みかけていて、隼人は“戻ってきたのか”とおぼろげながらに思う。
 弥悠の夢に入るときに繋がされた手はそのまま握っていた。
【助けられたから良いものの、あのままでは戻って来れんかったぞ!!】
 怒鳴りつけるアレクサンダーに隼人は眼をそらす。
「俺じゃ、やっぱり無理でした。誰の顔も見たくないって……放っておいてくれって……」
「そんな……」
 隼人の言葉を聞いて、雪奈は悲痛な声を上げる。
【ならば諦めるか】
 放たれたアレクサンダーの言葉が隼人に突き刺さる。
 その声は、冷たさを帯びていた。
【このまま諦め、見捨てるならば我はこのまま消える。主、よろしいだろうか】
 アレクサンダーの言い方に雪奈は狼狽える。
 すでに見捨てる前提で話をしているように聞こえたのだ。
「あ、アレク……私が行くのは――」
【主、前に申しあげたとおり声に反応したのはそこにいる人間です。親しくされているとはいえ、戻れなくなるリスクを考えると……私にはできません】
「そんな……お願いアレク! このまま弥悠が目覚めないのは嫌なの! だから――」
【主、いくら主の命令でもそれは聞けません。主人である貴女を護るのが我の役目。そもそも、主の関係のない人間であれば助けるつもりもありませんでした】
 きっぱりと言われたその内容に、雪奈は顔を覆い泣き出してしまった。
 そんな雪奈を里玖は抱き寄せ、落ち着かせようとなだめつつアレクサンダーを睨み付ける。
「アレクさん、でしたっけ。俺、もっかい行きます」
 隼人が、まっすぐにアレクサンダーを見て言う。
 先ほどまでの諦めていた表情はどこにもなく、意を決した表情がそこにあった。
「このまま諦めるのは嫌です。弥悠さんと話してるのは楽しいし、何より、俺の作ったお菓子をうまそうに食べてくれる姿を、もっと見ていたい」
【……そうか。しかし、今日は駄目だ】
「どうして!」
【時刻はすでに夕刻。闇が力を増すころだ。光を司る身ゆえ、今潜ればそれこそ戻ってこれぬだろう。今の決意、変わらぬならば再び陽がまみえた時刻に、この場所に来るがいい】
 そう言ってアレクサンダーは姿を消す。
 顔を覆って泣いていた雪奈の涙はいつの間にか止まっていて、呆けた表情で先ほどまでいたアレクサンダーの位置を見ていた。
 しばしの静寂のあと、それを破ったのは雪奈だった。
「え……えっと……これは?」
「また、助けに行けるってこと?」
「そうだろう。あの口調だと」
 続けるように隼人、里玖が口を開く。
 出された結果に、雪奈はへなへなと座り込み、隼人はそのままベッドに突っ伏した。
「つ、疲れた……」
「こんなに、疲れるとは……」
 盛大にため息をつく雪奈と隼人。
 加えて、雪奈は大きな欠伸を1つ。
「眠いか?」
「ちょっとね……」
 眠そうに目をこする雪奈はすでにうとうとし始めていた。
 その場で眠りだしそうな雪奈を里玖は所謂お姫様抱っこをする。
「昼前から召喚しつづけていたしな。これ以上の召喚はできない以上、ここにいても仕方ないだろう」
 そう言って里玖は雪奈を連れて部屋を出ていく。
 隼人は内心で“え、俺ガン無視!?”と慌て、がっくりとうなだれるのであった。


 時間は流れて翌日。
 眠い目をこすりつつ、雪奈と里玖は弥悠の家へ。
 本日も弥悠の母親が店番をしていて、不安そうな表情で聞いてくる。
「大丈夫? 雪ちゃん」
「はい……ちょっと眠いだけなので。それよりも隼人さんは――」
「あの子にはうちに泊まっていってもらったよ。一度帰るって言ってたけど、疲れてたみたいだったからねぇ」
 もう弥悠の部屋にいるよ、と弥悠の母親に言われて一度会釈してから向かう2人。
 中に入れば、言われたとおり隼人が弥悠の傍に座って待っていた。
「あ、おはようございます。俺、いつでも行けますよ!」
 やる気満々の隼人にちょっと驚く雪奈だが、その姿を見てくすりと笑うと手を組んで“アレクサンダー”とつぶやいた。
 ぶわり、と風を纏って現れたのは天使の羽をもつ精霊。
 眠そうな雪奈を心配そうな目で、寄り添うように立つ里玖に鋭い一瞥をやると、フンと鼻を鳴らして隼人を見る。
【気は変わっておらんようだが、今一度問う。貴様はあの者の心に触れる覚悟はあるか】
 隼人の心を射抜くような問いかけ。
 しかし、隼人は焦ることもなく口を開く。
「はい。ちゃんと話をしてきます」
【ふん、面白いやつだ。やり方は昨日と変わらん。準備しろ】
 隼人は苦笑いしながら、弥悠と手を取り、アレクサンダーに告げる。
「お願いします」


 ゆっくりと、隼人は眼を開ける。
 眼前にはゆらゆらと揺れる水の揺らぎ。
 前に来た時とほとんど変わりないが、ただ1つだけ違うことがあった。
 それは、水面近くにしか光が当たっておらず、すぐ下は暗闇に包まれている状態。
 腕を光の射さない暗闇へと刺すと、暗闇に飲み込まれて見えなくなる。
(弥悠さん)
 何も見えない中、隼人は水をかいて水底を目指すように泳ぎだす。
 ただひたすら、弥悠を想って。


 自分の姿すら見えない暗闇の中、隼人は弥悠の気配を感じて口を開く。
「弥悠さん、そこにいますか?」
 ゆらゆらと感じる水の揺れが、細かく震える。
「俺、弥悠さんが目覚めないって聞いて、心臓止まりそうでした。雪奈さんからも、弥悠さんがこうなった理由を聞きました」
 震えていた水の揺れが、強い水流に変わる。
 動揺してるんだな、と隼人は思いつつ言葉をつづけた。
「弥悠さんに恋人がいたことを知ってショックではあったけれど、話してると楽しいし、俺の作ったお菓子おいしそうに食べてくれたし、何より笑ってくれ嬉しかったんです」
 流れていた水の動きが止まる。
 一呼吸おいて、隼人は言った。
「ねぇ弥悠さん、俺とまた、お茶してくれませんか?」
 ふわっと、隼人の体が光を帯びる。
 彼は優しく微笑み、そっと彼女へと手を差し伸べた。
「おいしいお菓子食べながら、お話しませんか? 愚痴だって聞きます。だから、そこから出てきませんか?」
 暗闇の中から、小さな掌が顔を出す。
 隼人はその手を取ると、思いっきり引き寄せて抱きしめた。
 闇の中に光が射して、黒に支配されていた海が淡く透き通った青に変わっていく。
 その中で、抱きしめられた弥悠は暴れていた。
「や、離して!」
「嫌です。やっと出てきてくれたのに」
「私は、会いたくなかった。しつこいから――」
「離したくありません。俺は、貴女が好きだから」
「! ばかっ、あんたなんかだいっきらい」
「大っ嫌いでも構いません。俺は好きですから」
 しゃくりあげながら放たれる言葉を、笑いながら受け止める隼人。
 弥悠は目元を赤くしながら、泣きそうな表情で隼人を見上げた。
「さぁ、行きましょう弥悠さん。あなたの帰りを待ってる人たちのところへ」
「……うん」
 隼人は弥悠を離し、お互いにしっかりと手を握りしめて海の底から水面へと目指す。
 マリンスノーが二人を祝福するように舞い上がり、二人を見送った。


 日が傾きかけた時刻、目の覚めない弥悠と隼人を雪奈と里玖は静かに待っていた。
 その近くにはアレクサンダーがおり、まだかまだかと待ち構えている。
【……もう、大丈夫そうだ】
「アレク?」
 つぶやかれた言葉に雪奈が問いかける。
 光の精霊の表情は青年を見送った時の固いものではなく、安堵したような柔らかいものに変わっていた。
【主、じきに二人は戻られます。ですが、私が手を貸すのはこれっきり。次に似たようなことが起きても手伝いませんからね】
「アレク……ありがとう、本当にありがとう」
【では】
 アレクサンダーの言葉を聞いて涙ぐむ雪奈。
 役目を終えたと言わんばかりに光の精霊が消えると、うめき声が2つ。
「! 弥悠!」
「……ゆきな?」
「みゆ……みゆうぅ!!」
 堰を切ったように泣き出した雪奈に驚き、飛び起きる弥悠。
 隼人も弥悠とほぼ同時に目覚めたが、弥悠が飛び起きてしまったためにベッドの端から落ちてしまった。
「あてて……」
「え、てか手!?」
「あ、ご、ごめんなさいっ」
 起き上がりパッと手を離す隼人。
 そして“よかった”と安堵の息をついた。
「おかえり弥悠」
 声を上げて泣く雪奈を抱きしめて慰めながら、里玖は弥悠に言う。
 状況が呑み込めないのか、弥悠はきょとんとした表情をしていた。
「え、なんで二人が……? てか、なんで隼人さんまでここに?!」
「目が覚めないって聞いたので。あの海の中で言った通りです」
 何が何だか状態の弥悠に、隼人は簡単ながらも説明していく。
 その時に勢いよく部屋の扉が開かれ、慌てた様子で弥悠の母親が入ってきた。
 雪奈の泣き声を聞きつけたのだろう。
「あぁ……弥悠!」
 目を覚ました娘を見て、弥悠の母は彼女を抱きしめた。
 大事になっていたと弥悠は気づき、眼を瞬かせる。
「あ、弥悠さん」
「?」
「おはようございます」
 ほっとした顔で、隼人から出た言葉に弥悠は驚いて目を見開くが、ふにゃりと笑い返して応えた。
「……うん、おはよう」


おわり

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