終わることのないループって怖いねー。
朝になり、里玖が家まで迎えに来てくれた。
私の家は高校を中心に、里玖の住むアパートとは反対の場所にある。
あの公園で待ち合わせれば目的地は近いけど、２度もあの公園から出てから彼を失う夢を見ているから、迎えに来てもらえば夢もろとも回避できるだろうと思った。
「おはよう。ありがとうね？」
「構わないさ。たまには迎えに行くのもいいな」
そう言って里玖は私の頭を撫でる。
一緒に入れるのって、幸せだな。
「今日のデザートは何かな～。あ、里玖が作ってくれるとか？」
「俺よりも梨依音さんのほうがおいしいだろ？」
「えー」
笑いあい、他愛もない話をしながら目的地であるエンジェルホームへ向かう。
その道の途中、大きな通りと歩道橋、そして横断歩道があった。
できれば横断歩道は避けたい。
あの夢のような事故が起こりかねない、そう思って歩道橋を選んだ。
「それでね……？」
ダンッと鈍い音がして、思わず振り返る。
見れば、里玖が頭から血を流して歩道橋の下にいた。
「里玖！！」
それから、幾度も幾度も夢を見続ける。
いつも使わない路地を使えば里玖が私をかばって車に轢かれ、私が里玖を迎えに行けば彼の部屋から炎が出ていて、早めに迎えに行けば彼が血を流して部屋で倒れていて……
必ず彼を失う出来事が起きていて、回避しようとすればするほど、彼の死に方が残酷になっていく。
もうどれくらい８月１５日を繰り返したのだろう……
私の時間はあの日から進まない。
里玖の時間は、あの日から幾度も止められている。
どうしたら、どうすれば彼を助けられるのっ！！
あれから 度目の８月１５日を迎えた。
どうしようもなくて、当たり前のように夜中に目を覚ましてから、私は眠れずにいた。
今日はあの公園に行こう、そして、彼を――
「雪奈」
今日は猫を抱えないで、ブランコをこいで待っていた。
「待たせたな」
「ううん」
顔を上げて里玖を見れば、彼は驚いたような顔をした。
「どうした……？ やつれたような顔をしているぞ」
慌てた声がちょっと珍しい。というか、私やつれた顔してるのかな？
「ちょっと、暑くて眠れなかったんだ」
「とてもじゃないがちょっとに見えない、日陰で休むぞ！」
そういって彼は私の手を引いて、公園内にある大き目の木の下へと連れて行く。
「タオル、水にぬらしてくるから座っていろよ！」
私を座らせ、蛇口に向かう姿に恐怖を覚えて、思わず駆け出しそうになる。
だけれど、絞ったタオルを持って戻ってくる姿を確認して、私は深いため息をついた。
「座っていろと言ったはずだ」
怒りを含んだ声に、私は“ごめん”って言って座り込む。
すると、彼は私を横に倒して、自分の膝を枕代わりにさせた。
「寝てないなら横になるだけ、ましだろう」
そっぽを向いていう彼が、かわいく見える。
普通の状態ならからかってみるけれど、とてもじゃないけど今の私は言える状態じゃない。
「……ねぇ里玖」
「なんだ？」
「もし、今日死んでしまうとしたらどうする……？」
「ん？」
きょとんとした顔で彼は私を見る。
突然の質問にどう答えていいか困っているみたいで。
それもそうだよね。いきなり死んだらどうするなんて聞かれても困るに決まってる。
「そうだな……」
そう言って、里玖は水にぬらしたタオルを目にかぶせてきた。
ちょっと冷えていて、気持ちがいい。
「もし、そんな運命なら雪奈のそばに居続ける。避けられるものなら避ける努力をする。が、逃れられないのなら雪奈を守るだけだ。急にどうした」
表情は見えないけど、声が怪訝そうな声をしている。
話そうか悩んで、けれど話さないという選択肢を選べなかった。
「ゆめを、見たの」
「ゆめ？」
「今日みたいな暑い日で、私は近くで見つけた黒猫を抱きかかえて里玖と話してて、店に行こうとしたとき、猫が逃げたして、私がそのあとを追って、交差点に差し掛かったら里玖が私をかばって……」
“トラックに轢かれて死んでしまった”なんて言えなかった。
けれど、言葉の先を理解したみたいで、里玖は私の手を握ってくれた。
「それだけじゃない、違う道を歩いたら工事現場で鉄柱が降ってきて、迎え来てもらったら歩道橋から滑って、落ちて……避けようすれば、するほど里玖が……」
話しているうちに涙が出てきて、声も震えて、言葉に詰まってしまう。
「ただ、里玖に、死んで、ほしく、なかった、だけ、なのに……！！」
「雪奈、大丈夫。大丈夫だ」
涙があふれてきて止まらない。
タオルが流れ落ちるのを止めてくれているけど、涙は止まらなくて、そんな私の頭を、彼は撫でてくれた。
声が、感触が、すべてが優しくてまた涙が出る。
「きっと、夢の俺は雪奈を守って、助けたり身代わりになったのかもしれない。それに、夢の中で死ぬのは何かをやり直したい願望らしい。きっと、心の奥底でやり直したいって思うことがあるのかもしれないな」
いつもより優しい声色に、スッと心が癒される気がした。
もし、今日も彼が死んでしまうなら、それだけは避ける。絶対に。
「ありが、とう、りく……」
それから私はひとしきり泣いて、体を起こした。
彼は私を抱きしめてキスしてくれて。
ちょっとびっくりしたけど、私は眼を閉じて受け入れる。
いつもより長く、ちょっと深いキス。
息が苦しくなってきて、ぎゅっと抱きしめ返して背中を軽くたたいて解放してもらった。
「り、里玖のばか！ ひ、人が見てたらどうするのよ……！」
嬉しかったけど、やっぱり恥ずかしくて。
外ということもあり、彼のファンがどこで見てるかもわからなくて、私は怒る。
そしたら里玖は笑って“すまん”っていうものだから、しょうがないなっていった。
あのキスは、彼から貰える最後のプレゼントになるかもしれない。
この公園から出たら、私は――
「ほ、ほら、行こう！ 梨依音さん、待ってるよっ！」
そう言って立ち上がり、私は路地の道へと歩き出す。
「雪奈、そっちから行くのか？」
「今日はこっちから行きたいの！」
ちょっと怒ったように言うけど、それは横断歩道を避けるため。
きっと、また事故にあってしまうから。
梨依音さんの店に行く途中、建設現場のそばを通った。
その時、周りにいた人々は上を見上げて口を開いていて、私の前を里玖が歩いていた。
「里玖、あぶない！！」
鉄柱が降ってくるのを見て、私は彼を前に突き飛ばす。
思っていた通り鉄柱は私の体を突き刺した。
言葉に出来ないぐらい熱くて、痛い。
だけれど、彼を助けられたことに満足で、自然と笑顔になっていたと思う。
「きゃあああああああああああああああ！！」
「きゅ、救急車を呼べ！！ 早く！！」
周りの人々の悲鳴や叫び声が辺りに響き渡る。
呆然としている彼が見えて、私は最後の力を振り絞って微笑みを魅せる。
「よか……た……」
意識が朦朧としてくる。
彼が叫んでるような気がしたけど、それも聞こえなくて。
そこで私の意識はぷつりと切れた
８月１４日の真夜中、ベッドの上で里玖は眼を覚ました。
目からは涙があふれ、それを押さえながら声をもらした。
「また……また、俺は……ごめん、ごめん雪奈……」
それは、目も眩むようななんてことない夏の日のお話。