ある日の休み時間、移動教室のために2年生の教室の前を通った時のこと。
(雪奈のクラス……)
たまたま通った雪奈のクラスを何気なく横目に見ると、自分の席に座る雪奈と、近づいてくるクラスメイトであろう男子生徒の姿。
声はあまり届かないが、男子から雪奈に何かを渡しており、受け取った雪奈は嬉しそうに笑顔で何か(おそらくお礼だろう)を言っている。
そんな様子を目の当たりにして、ざわりと心が動いたような気がした。
憎いとかそういった感情ではないとは思う。
ただ、その光景に俺はほんの数秒固まっていた。
「里玖ー、遅れるよー」
同じクラスの香月が固まっていた俺に気づいて、そばに来る。
気づけばFCを含めた女子生徒で囲まれていた。
「あ、あぁ。すまない」
「なに、誰かに見とれてた?」
にやにやしながら香月が聞いてくる。
香月のいう誰かなんてすぐに分かった。
「なんでもない」
そういいながら雪奈の教室を離れたが、その後の授業は心がざわついてどうにも集中できなかった。
放課後。
いつものように部活で竹刀をふるうがどうにも落ち着かない。
FCのやつらの声もいつもなら無視できるが今日に限っては耳について癇に障る。
「……部長」
「どうした中瀬。集中できないか?」
「……すいません」
部長にそういいながら頭を下げると、“仕方ないな。今日だけだぞ”と言って早退を許可してもらえた。
FCたちの目をかいくぐり、帰宅準備中に雪奈にメールをする。
たぶん、向こうも部活中だろうが……
だが意外にも返信は早く、一緒に帰れると言ってくれた。
思わず小さくこぶしを握る。
この時は、ざわつきが少し収まったような気がした。
10分もしないうちに合流をしてFCたちに気づかれないよう学校を後にする。
あの時から感じていたざわつきは、雪奈を目の前にしたときにはなくなっていた。
「珍しいね、里玖が部活早退するなんて」
「どうにも外野がうるさくてな」
「そっか。そしたらどうする? 梨依音さんのとこでお茶していく?」
「いや……今日は俺の家に来ないか?」
「えっ」
俺の提案に雪奈は驚きの表情をする。
よくよく考えれば、まだ1度も招待したことがなかった。
「何もないが、たまには2人きりで話がしたい」
「う、うんっ! 行く!」
こうして、俺は初めて雪奈を家にあげることにした。
俺の家はなんの変哲もないワンルームに最低限必要な家具しか置いていない。
一応テレビもあるがあまりつけることもない。
「お、おじゃましま~す……きれいだね……」
それが中に入っての一言だった。
「ウーロン茶でいいか?」
「うん」
「適当に腰かけてくれ」
雪奈を座らせ、コップと冷蔵庫からウーロン茶を出して入れる。
ふと、昼間のことを思い出してしまったせいか、また心がざわついたような気がした。
「雪奈」
「ん?」
「今日の休み時間、何かもらってたな」
「え、見てたの!?」
「いや、つい見えて、な」
見られていたことに気づいてなったらしい。
雪奈の反応に思わずむっとしてしまう。
「そっかー。クラスの人がね、本屋でバイトしてる人がいて、売切れ中の本を手に入れたからってくれたの」
2人分のウーロン茶を持っていくと、雪奈がもらったであろう本を取り出していた。
タイトルを見れば、国民的アイドルが番組で作ったレシピ本だとわかる。
「人気だから入ってもすぐに売り切れちゃうんだよね~」
「そうか……」
コップを置き、俺は雪奈の後ろへと回る。そして、
「ふみゃ!?」
後ろから雪奈を抱き寄せた。
心をざわつかせていたものが、落ち着いてく。
「り、里玖!?」
「悪い。少しこうさせてくれないか?」
雪奈の肩口に顔をうずめる。
髪から香る匂いが心地よい。
「今日の里玖、なんだか甘えん坊気味?」
「……かもな」
「じゃぁしょうがないなー」
そういって、雪奈は俺のされるがままになってくれた。
ざわつきは完全に消えて、満たされていくような気がする。
あぁ、そうか、あの男子生徒に嫉妬していたのか。
嫉妬なんて、俺らしくない
その後、日が暮れるまで俺は雪奈を抱きしめたまま、他愛もない話をしていた。
***
即興で作り出した産物。
タイトルは診断メーカーのお題から。
書きたかったのは1番最後の里玖が雪奈を抱きしめる場面。
甘いのが書きたくなるのは、たぶんいろいろ足りてないんだろうな。