白い異界を勇者たちはひたすら歩いていく。
先を行く青年が一歩踏み出した瞬間、波紋が広がるように景色が白から変貌した。
「!?」
「下がっていろ」
歩みを止め、里玖は剣に手をかける。
白い空間は色が広がるように景色を変えて、周りは森に空は薄暗く不気味に曇っている。
「……この光景……」
「覚えがあるな」
雪奈のつぶやきに里玖は応えながら剣を抜く。
里玖は視線を逸らさずに戦闘態勢に入るのを見て、雪奈も杖を構える。
しばらくして見えてきたのは蠢く大きな影。
それがなんなのか、二人には見覚えがあり身構えた。
「数にしておよそ100近く……あの時とほぼ同じだな」
「……だね。私が召喚するか――」
「お前はするな」
「でも!」
「これぐらい、俺一人でやれるっ」
そう言って里玖は駆け出した。
呪文を唱え、焔の壁を作り出すとそれを押し出し蠢く影にぶつける。
焼けるにおいと獣の悲鳴が響き渡り、 焔の壁から飛び出して影の中へと里玖は躍り出た。
その影とは夥しいほどの魔物の群れ。
かつて二人が旅をしていたころに遭遇した魔物の群れに酷似していた。
雪奈はじっと蠢く影を見つめて考える。
思い詰めるような表情をしやがて決意した。
「大い……なる焔を司りし者よ 我は召喚する者なり」
地に杖を突きつけ言葉を放つ。
それに応えるように杖の先から赤い魔方陣が大きく広がると、輝き始めた。
「夥しい数の魔物より我らを護り給え 迫り来る魔物たちを薙ぎ払いたまえ 我は汝に力を求む者なり」
雪奈の言葉に呼応するように光は瞬き、やがて強い輝きとなる。
「出でよイフリート 汝が力で殲滅させよ!」
魔方陣は炎の渦を生み出し、それはやがて魔方陣の外へと降り立つ。
渦は形を得て人型と成した。
人というよりも獣人に近いその存在は全身が燃えるような炎に包まれていて、紅い髪の間からは黒い角のようなものが生えている。
《おうおう主! なんだなんだ? バトルかバトルか?》
「えぇ、向こうに魔物の大群があるの。里玖が一人で戦ってるわ。お願い、手伝ってきて」
《ほぉほぉあの坊主が……俺に任せろ!》
イフリートは咆哮を1つ上げると蠢く魔物の群れに向かって駆け出していく。
鋭い爪が、口から吐き出される激しい炎が、魔物の群れを焼き払う。
召喚のために使われた魔方陣は未だ輝いていて、それが召喚中であることを示していた。
その中で雪奈は新たな魔法を唱えようとしていた。
「魔法の庇護膜よ かの地にて戦いし者を烈火の炎から護り給え マバリア」
杖を掲げ、声を張り上げて雪奈は唱える。
特攻に走った里玖にかかるように、と。
一方、魔物の群れに躍り出た里玖は己の剣と魔法で魔物たちを薙ぎ払い、切り刻んでいた。
けれども数は一向に減らず、思わず舌打ちが出る。
そんな時、身を焦がしそうなほどの熱がすぐ近くまで来たことに気づいた。
「貴様は――」
《よぉ坊主。相変わらず冷えてんなー。主を思うのはいいが泣かせんなっつたよな? あぁ?》
すぐそばに来たのはイフリートだった。
里玖は冷ややかな視線を一瞬送り、魔物の群れに向き直る。
「泣かせてなどいない」
《今にも泣きそうなんだよ、主が。そら、守りがきた》
そうイフリートが言うと里玖を包むようにライトブルーのベールがふわりと落ちてくる。
「これは……マバリアか」
《俺の炎で焼けないようにだろうな。坊主がいらん心配をかけさせるから》
「俺は!」
《そら、無駄口叩いてねぇで倒せ倒せ! いくさじゃあああああああああああああああ》
咆哮を上げてイフリートは炎を吐き出しながら魔物たちを薙ぎ払っていく。
里玖は空いている手を見つめ、軽く握ると再び魔物の群れの中を躍るのだった。
しばらくして、里玖とイフリートの手により魔物の群れは殲滅した。
最後の1体を切ると鬱蒼としていた森はいつもの白い空間へと姿を戻す。
それを見届けたからなのか、イフリートは満足そうにして姿を消した。
「里玖っ!」
杖を握ったまま雪奈が駆けてくる。
足を踏み損ねたのか軽くふらついたのか、雪奈は一瞬バランスを崩しかけた時に里玖はすぐさま駈けつけて支えるのだった。
「だから使うな言っただろ!」
「でも、あんな数一人でなんて無理だよ!」
「俺は平気だと言っただろ! それよりも魔力は、体調はどうなんだ!?」
慌てる声色の里玖に雪奈は若干呆れ気味だった。
支えられているが軽くため息をついている。
「確かにいつもより気だるいとかは言ったけど、そんなに慌てるほど使ってないわ」
「だが、今ふらついただろ」
「ふらついてません。まったく、私は召喚士なのよ? 少しは守らせてよ」
むすっとした表情で雪奈は言う。
心配性になりすぎだわ、とご機嫌斜めな様子だった。
「それにしても、私たちの記憶にあった魔物を倒したのに白いままだね」
周りを見ながら雪奈は言う。
今までの傾向であれば白い空間は記憶の再現を終えると暗転して部屋のような風景に変わるが、まだ白い空間のままなことに疑問を抱いたようだ。
「……まだ、何かあるのか?」
そう里玖がつぶやいた瞬間、ぱりーんと砕けるような音と共に突然辺りは闇へと切り替わる。
里玖はとっさに雪奈を護る体制に切り替えるが、今までとは違い自分たちの姿がうっすらと光っているかのように暗闇の中でも見えていた。
里玖は雪奈を離して庇うように立つと辺りを見回す。
同様に雪奈も見回していて、離れたところに後姿の人影を見つけた。
「あのー……すみませーん……?」
「誰だ!?」
その人は燃えるような赤い髪に褐色の肌、獣のような耳を持つ青年のように見えた。
青年の手には槍があり、里玖は殺気を纏って剣に手をかけるが雪奈は控えめに声をかける。
「あ、その、こんにちは」
挨拶をしてみたものの、雪奈に問ってその人に見覚えは無く、相手に聞こえないように雪奈は里玖に小声で話しかけた。
「ねぇ、里玖、あの人知り合い?」
「記憶にない」
「私も……じゃああの人は私たちの記憶から作られた人じゃない、のかな?」
記憶を映し出す空間で、記憶にない人物であればイレギュラーな存在ではないかと雪奈は考えた。
しかし里玖は一人旅をしていた期間もあったため、確認してみるが一言で返されて考える。そんな時、
「なんの話してんだ。つーかテメーら誰だよ」
警戒心を顕にする青年。
里玖はそのままいつでも抜けるように構えを解かずに青年を睨み付けている。
「里玖、待って。私、あの人に話を聞きたいの」
自分たち以外に始めて現れた存在だと思った雪奈は里玖に言う。
だが、そんな雪奈の言葉に里玖は一度彼女を見て嫌そうな顔をする。
“得体のしれないやつと話すのか”と。
「私たちの記憶に関すること以外のことが起きたんだよ。もしかしたらこの異界の異変に繋がることかもしれないでしょ?」
納得をしてもらえるように雪奈がそういったとき、青年は構えていた槍を下した。
かちゃんと音に気づいて青年を見れば顔を顰めている様子。
「……異界? なんだそりゃあ?」
「ここが何処だかわからないのか」
「知るかよ。気付いたらここにいたんだからよ」
里玖の問いに、青年は吐き捨てるように言う。
どう声をかけていいのか悩んだ雪奈は里玖を見上げたが、里玖はじっと青年を見ている。
構えは解いていても警戒は続けているようだ。
「おい」
青年は何かを決意したように二人に言う。
どうするのだろうかと見守っていると、青年は尊大な態度で言い放った。
「テメーらが知ってること、全部教えろ」
チャキッ、そんな音がどこからか聞こえたように雪奈には思えた。
しばらく時間が経って、二人は青年と座った状態で向き合っていた。
赤髪青年の上からな発言に既視感を覚えてキレかけた里玖を雪奈はどうにかなだめて、青年に近くに来てほしいと伝えたのだ。
軽い自己紹介を含めて雪奈が二人の間に入るようにしているが、里玖を抑える為なのか手を握っての自己紹介だった。
「えっと。私は雪奈っていいます。彼は里玖。あなたは?」
「……コウ」
「コウ、くんでいいかな? 知ってることを教えてくれってことだったけれど、コウ君は何処からここに?」
「しらねーよ。さっきも言ったろ」
「気づいたらここにいた、だったっけ……」
コウと名乗った青年は最大の警戒心で二人を睨み付け、座った状態でも槍を離さずにいた。
里玖は里玖でいつでも抜けるようになのか、帯から外していても剣に手をかけている。
「って、里玖怪我してる!」
「……していない」
「いいから見せなさい!」
何気なく見た繋いでいた里玖の腕にやけどのようなものを見つけた雪奈は手をかざす。
「癒し光 彼の者に与えられた傷を癒せ キュア」
癒しの光が里玖の腕を包み、跡を残さず消した。
そんな様子をコウは眼を見開いてみていた。
「なんだ……今の……」
「回復魔法ですよ。私、召喚士なんです」
にっこりと笑いながら雪奈は言うが、魔法を使ったことに苛立ったのか里玖は眉間に皺を寄せている。
「雪奈……」
「なんで怒ってるのよ。怪我がひどくなったら大変でしょ?」
「だが――」
「もぅ、里玖の心配性」
自分そっちのけで繰り広げられる痴話げんかのような物に呆気にとられるコウ。
そんな様子を見て雪奈が口を開く。
「えっと、知ってること、全部教えてほしいって言ってましたよね。私達も知らないことが多いですが、それでもいいですか?」
「お、おうっ!」
身を乗り出すコウに雪奈は深呼吸ひとつすると、ゆっくり話し出す。
今いる場所が“異界”と呼ばれるものであること、この外には“夢ノ国”と呼ばれる世界が広がっていること、その世界を脅かす“黒キ者”のこと、その手段たる“界蝕”のこと。
しかしいっぺんに説明されて消化しきれないのか、コウは咆哮した。
「だあああああああわけわかんねぇ!!」
「え、知ってることを伝えただけ……よ?」
「なんだ、その黒キなんとかとかはどうでもいい! 夢って言ったよな?! 言ったよな!!」
「え、あ、はい。確かに夢ノ国って世界で、世界の外に在ってすべての世界に連なる場所であり全ての世界を隔てる場所……とここの神官様が言っていたけれど……」
“夢”という単語に強い興味を示すコウに雪奈はたじたじだった。
里玖はただただ黙って、ことの成り行きを見守っていた。
***
二人の記憶。
か~ら~の~コウ君に遭遇。
そして対話の回でした。
コレジャナイカン半端ないし口調違う気がするけど、
殺る前に殺れとの天の声がしたから切り込んだよ!
こんなんでいいか!?(自暴自棄)