記憶エリア03:里玖の記憶
光の球を手に入れた二人は白い空間を歩き続ける。
時々魔物が出るようになったが、いわゆる雑魚ばかりで苦労することはない。
「記憶を映す場所、か」
「さっきのも私の記憶だったけど、その前に1つわからないのがあったよね」
「“そこより、一歩たりとも”……と言ってたな、あの男」
さきほど見たものについて話し合う二人。
雪奈の記憶であろう映像の中には出てこなかったセリフで、二人は首を傾げる。
「記憶にない場面、だとしたらあれは誰の……?」
「……やつか?」
「え……え? カリス君?!」
「記憶を映す場所で、雪奈や俺以外だったらやつしかいないだろう」
「でもあの場にカリス君いた? 私気づかなかったけど……」
時間自体は然程経っていないため、あまり薄れていない記憶を辿る雪奈だがどう思い返してもあの場に少年の姿はない。
「仮にいたとしても……カリス君はいったい何を……?」
「さぁな」
疑問を口にする雪奈だが、里玖はそっけなく返すだけ。
しかし里玖が脳裏に描く、少年の本性たる姿を。
かつて、雪奈を殺しかけた金の魔物を。
先を歩く里玖が一歩踏み入れた瞬間、白かった空間は黒へと変貌を遂げる。
突然のことに驚く勇者たちだが、里玖は瞬時にその空間がなんなのか思いついた。
「なぜ、闇の世界が……!」
「ひゃあ!?」
「雪奈!!」
突然襲われた落ちていく感覚に、里玖はとっさに雪奈を抱きしめる。
彼女だけでも、と里玖は雪奈をかばうように抱きしめ覚悟を決めた。その時、
―“想像構築(イメージ)をしろ”―
聞き覚えのある声に里玖は顔を上げる。
―“世界の【全て】は想像構築イメージが創り出す。自らの足元に【地】があり、裡うちに【光】は輝き、お前を飲み込む【闇】はないと”―
声が聞こえると同時に里玖は手首をつかまれる感覚を覚えた。
そして宙に放り投げられる感触に、里玖は雪奈を抱えたまま受け身を取る。
「ひゃああああああ!?」
盛大に響く雪奈の叫び。
里玖は難なく着地をし、泣き出しそうになる雪奈を慰める。
そして、どうしてか既視感を覚えた。
―“飲み込みが早いな。いや、それとも常識に従った、か?”―
後ろから声がして二人はそちらを見る。
そこにいたのは金に煌めく髪と瞳、そして暗色の肌を持つ見た目十五ほどの少年。
かつて対峙した、<闇の主>。
―“【この世界】は特に想像構築(イメージ)に左右される。大方【堕ちる】事を考えていたのだろう?”―
里玖は雪奈に少し離れるようにいい下がらせると、抜刀の型に構える。
不愉快そうな眼差しをするその人はため息混じりにぽつりとつぶやいた。
―“日の元で暮らすたかだか普通の人間如きが、突発的に手を出して無事で済む様なものではないのだがな、【闇】は”―
呆れた様な響きを持つその言葉に、ひどい既視感と怒りに駆られて里玖は剣を抜く。
雪奈を殺しかけた過去もあり、敵意をむき出しにして里玖はその人の首に狙いを定めてかかる。
ダメと制止をかける雪奈の言葉も無視して。
しかし、敵意なくシニカルな笑みを浮かべるその人の直前で、里玖の剣は止まってしまった。
これにもひどい既視感を覚えて、里玖は舌打ちする。
―“迷いは技を曇らす”―
「!」
―“迷いがあるな。後悔と言い換えてもいいのだが”―
記憶にないはずだ、と里玖は自分に言い聞かせる。
しかし、どこからともなく湧く怒りが里玖の口を開かせた。
「“迷い、後悔……そんなもの、とうに捨てたッ!”」
「里玖……?」
―“ならば何故、そこまで動揺する必要がある”―
「“っ!”」
怒りと共に心の揺らぎが湧きあがることに里玖は動揺した。
どうして堕ちていたのか、どうして闇の主に言われたことに怒りを買ったのか。
そして里玖はある出来事を思い出した。
「まさか、これはあの時の後の……?」
―“その様子だと、自らの周りも解っていないだろう”―
そう言って、その人は上を差す。
動きにつられた二人はが顔を上げると、空から鮮烈ながらもやわらかな光が降り注いでいた。
―“【独り】だと粋がるなよ、若造”―
そう言ったその人の声色はとても優しい物だった。
―“ぬしにとっての【光】を想像構築(イメージ)しろ――往くべきものの元へと往く道を、創るはずだ”―
闇の主の言葉がストンと里玖の胸に落ちる。
そしてこのやり取りがどんな時に行われたのか、ささやかながらに思い出した。
―“せっかく理解して貰った所だが、残念ながらここでぬしにひとつ、処置をせねばならん”―
再びのため息混じりにぽつりとつぶやかれた。
“やった事が無駄になるようで嫌なんだがな”と。
「“まさか、貴様!”」
―“やけに思い当たるのが早いな? 【あのこ】に同じことをしたのか”―
「“どうして、知って……っ!”」
―“なるほど、当たりか”―
「“貴様、カマをっ”」
里玖はまた舌打ちをする。
その背に感じる悪寒は処置という言葉を聞いてから止まらなくて。
闇の主が移した行動を見て雪奈は思い出したかのように息をのんだ。
―“いい機会だろう。彼女が感じたことを、追体験しとけ”―
里玖の視界が闇の主によって塞がれる。
その光景は雪奈にも見覚えがあるもので、顔色が青ざめていく。
「里玖っ!!」
「大丈夫、大丈夫だ」
視界を奪われた状態で里玖は雪奈をなだめる。
これは現実ではない、そう直感していた。
「“答えろ! 【闇】の存在であるハズの貴様はさっきから【光】を肯定している……貴様にとって、【光】とはなんなんだ!”」
里玖は叫び、闇の主に問う。
雪奈はハラハラしながら成り行きを見ていた。
―“【光】が無くては【闇】は存在できないだろう”―
闇の主の声は今までで一番静かで真剣な声色だった。
まなざしもどことなく優しい物だと雪奈は思う。
―“【光】を好ましく思う理由があっても、【光】を疎ましく思う理由など、僕には無い”―
「“なぜ――”」
―“お喋りはここまでだ、我はここの頭に、ここの世界を干渉してはいけない、と釘を刺されているんでな。 ごきげんよう”―
闇の主から力が放たれる。
空間自体が暗転するかのように闇に覆われると、すぐさま明るさを取り戻した。
辺りは前のように部屋へと姿を変えている。
「里玖!!」
頭を振っている里玖に雪奈は駈けながら声をかける。
彼は大丈夫だと言って傍に来た彼女の頭を撫でた。
「あれはおそらく、俺の記憶だろう。覚えはないが、どのあたりで起きた出来事なのかは分かった」
「もしかして……」
「あぁ、お前が仇討ちすると決めたあの時だ」
「っ……」
思い至ったのは、親友を助ける旅から仇討ち切り替わる束の間の休みの時のことだった。
病を克服し、元気になった親友から一週間は滞在していろと言われた最後の日。
仇討ちを決意した雪奈に、里玖は雪奈の記憶から自らの記憶を消し去ろうとしたことを。
「あの時、やめておけって言われたのに行くって聞かなかったもんね」
「あぁ。止める為とはいえ、つらいことをしてしまったな……」
「あの時、怖かったの。霧のように記憶が霞んで、消えて行って……」
「闇に近づいてほしくない一心だったからな……」
うつむく雪奈を里玖は抱きしめる。
小さく震えているのは、そんな過去を思い出したせいなのだろう。
互いに、落ち着くまで二人は抱きしめあい続けるのだった。
***
異界話、里玖の記憶編でした。
まぁ異界の主の物ではないので欠片はなかったのですが。
二人の過去である旅の話はまだ完結してないのですが、時間軸的に旅終了、夫婦になった後なのでトラウマになりかけてる節があったりなかったり。
今回は里玖に追体験させる形でやり取りを書いてみました。
こんなエリアもありですよね?