僕の奥さんはどこですか?
わけもわからず、青年は城らしき場所を歩いていた。
先ほど自分を勇者と呼んだ少女たちのいる部屋から、出口へと向かう為に。
青年の名は里玖。夢ノ国とは違う世界で愛する妻と共にほのぼのとした時間をすごしていた。それを邪魔された挙句、勇者だの助けてくれだのと言われて腹が立っていた。
が、それはおそらく彼だけであろう。
それはさておいて、里玖はどうにか城の出口であろう場所までたどり着いた。
こそこそに大きな国なのだろう、と城下町を見て里玖は思う。
門番をしている兵士たちがこそこそと何かを話しているのが気になった里玖だが、自分には関係ないことだと歩き出した。
(こうしてみると、街は広いが崩れているところが多いな)
露店や行き交う人々を横目に見つつ、里玖はとりあえず人気の少ない路地へと入りこみ、手持ち等々を確認する。
服装は以前旅をしていたころの装備、腰には愛用しているロングソード。全身を触り、右の耳元にイヤリングのようなものがあったので外そうと試みるも肌に張り付いているように痛みを思ったために外すことをあきらめた。
しかし、異世界で過ごすには資金が心もとない状態で、むしろ持っている資金が使えるかすらもわからない。
(まずは宿……と資金稼ぎだな)
自身の状態を確認し、里玖はまた城下町の中を歩き出す。
周りに耳を澄ませ、情報の集まりそうな店を流していると不穏な声がそこかしこから聞こえてくる。
「……ジン」
《なんでしょうか》
しゅるりと、里玖の影から黒猫が姿を現す。
里玖は一瞬穏やかな表情をし、黒猫に言う。
「どうやら俺は異世界に飛ばされてしまったらしい。雪奈がいるかどうか、調べてくれないか」
《なんと……御意に》
頭をさげ、黒猫は影の中へと消えていく。
それを見送り、里玖は近くにいた露天商に宿の場所を尋ねるのだった。
案内された場所まで歩いていくと、目の前に大衆食堂が見えてきた。
中に入ればとても騒がしく、酒を飲む者や食事を楽しむ者。
壁には冒険者向けであろう仕事内容の書かれた紙が隙間なく張られており、カウンター近くのステージには楽団が店を盛りあげるように曲を演奏している。
里玖は席に案内しようと近くに来たウェイトレスに“宿を取りたい”と告げると、カウンターまで案内された。
「マスター」
「あいよ、宿だね。お兄さん一人分で?」
「すまないが二人部屋は空いているか」
「……運よく1つ空いてるけど、連れは?」
グラスを磨く店主が里玖を見る。
里玖は眼を伏せ、首を振った。
「悪いがこっちも――」
「離れ離れになった妻を探しに行く。見つかった時にすぐに休めるようにしたいんだ」
店主は手を止め、眼を見開くと“そいつは……”と言葉をこぼした。
そして里玖の耳につけられたイヤリングを見て店主は言う。
「おやお兄さん、冒険者だったのか。それなら話はべつだ。安くしてやるよ」
「ありがたい……が、先ほどこの街にきたばかりでな。一銭もないんだ。今すぐにでも仕事を紹介してほしい」
“あいよっ”と景気よく店主は答えを返し、里玖をカウンター席に座らせるのだった。
それからしばらくの間、里玖は宿屋から依頼を受けては金を稼ぎ、情報を集めていた。
時にはほかの冒険者から情報提供を交換条件に力を貸すこともしていた。
それでも愛すべき妻は見当たらず、自分が戻る方法も見つからず、イラつきを募らせるばかりだった。
今いる世界、『夢ノ国』ついては最初の依頼を聞く際に宿のマスターからある程度を聞いて把握をしてはいた。
非常に不安定な世界、黒キ者という破壊者の危機に晒されていると聞いたところで、里玖の中に“世界を助ける”と言う考えはなく、愛する妻の安否ばかりを気にしていた。
(あいつは……心配してないだろうか……いや、しすぎて精霊に頼っているかもな)
宿屋の一室、里玖が借りたツイン部屋に唯ひとりで座っていた。
以前に呼び出した黒猫、使い魔のジンは里玖の影の中で様子を見守ることしかできずにいる。
「……ゆきなっ」
吐き出すように呟かれた言葉。
それと同時に里玖は跳ねるように顔を上げる。
懐かしいとも思えるような、愛しいと思えるような馴染みのある魔力が里玖を包み込んだ。
「ジン! 留守を頼む!」
《はいっ》
里玖は立ち上がり、簡単な装備を手に部屋を飛び出していく。
使い魔は影から姿を現し、人の形を成して見送る。
里玖が夢ノ国に呼ばれて、すでに1週間ほど経った日のことだった。
***
嫁の気配を感じたダメ夫。
世界は雪奈で回ってるようです。