気が付くと、ボクは桜の舞う校門の前に立っていた。
学校指定であろうズボンにマーガレットの刺繍が入ったパーカーのようなものを着て。
周りには新入生の目印であるコサージュを付けた学生たちが大きな掲示板を見ては移動をしている。
「ボクは、何をしてたんだっけ……?」
ぼそりと言葉を口に出したとき、背中に軽い衝撃と“きゃっ”というかわいらしい女の声がした。
「ご、ごめんなさい……」
そこにいたのは、茶のふわふわボブで紫色の瞳が印象的なかわいい女の子。
彼女の胸にも、新入生の目印であるコサージュがついている。
「あ、あなたも新入生? どこのクラスになった?」
どうやらコサージュはボクの胸にもついていたらしい。
それをみて目の前の女の子は顔をほころばせていた。
なんだろう、どこかで見たことがある気がするようなしないような……
「私、矢島雪奈っていうの。3組なんだ。君は?」
雪奈と名乗った女の子は屈託のない笑顔でボクに聞いてくる。
ボクの名前……なんだっけ……?
「……御影、御影 凛久(みかげ りく)」
「御影君っていうのね! えっと……あった、おんなじクラスだ、よろしくね!」
笑顔がまぶしい。
けど、その笑顔がかわいくて。
思わず、顔を背けながら“よろしく”とそっけなく言ってしまった。
「せっかくだし、一緒にいこ!」
「え、あ?!」
雪奈ちゃんがボクの手を取り、教室へと引っ張っていく。
どうしてか、ボクは胸の高鳴りを感じていた。
教室について、驚いたことに雪奈ちゃんとは隣同士だった。
名前順に並んでいるのだろうけど、偶然にもほどがある。
まぁ、彼女は“隣同士なんて偶然だね!”と笑顔で言っていたので良しでいいかな。
「よろしくね! 御影君!」
「……よろしく」
それらか、春が過ぎ、夏がきたころに、ボクらは恋人になっていた。
隣の席で2か月近くを過ごして、いつの間にか雪奈ちゃんに恋をしていたようだ。
いや、きっと初めて出会った時から恋をしていたのかもしれない。
「ねぇねけ凛久君! 聞いて聞いて!」
「どうしたの雪奈ちゃん。ずいぶん嬉しそうだね」
「あのね、街のはずれのほうに時計台あるじゃない?」
「うん、あるね。たしか」
「あの時計台の上でキスすると、永遠に結ばれるんだって!」
目を輝かせながら話す雪奈ちゃんがかわいくて仕方ない。
もちろん、この手の話が好きなのは知っていたから、きっと行きたがるとボクは思った。
「へぇ、雪奈ちゃんの好きそうな話題だね」
「今度、一緒に行こう?」
ちょんっと手を合わせておねだりポーズをする雪奈ちゃんがかわいくて仕方ない。
ボクは王子風に“仰せのままに、お姫様”なんて柄にもなく返してしまった。
若干恥ずかしかったが、雪奈ちゃんは大喜びで抱きついてくれたので恥ずかしさは我慢だ。
それから数日後の帰り道、線路の近くを歩いていると雪奈ちゃんがおもむろに言い出す。
「踏切ってさ、世界を分断してるように見えるよね」
「なんだそれ」
「だって、そう見えない?」
ボクの少し先を歩く雪奈ちゃんが手を広げながらくるりと回って見せる。
でも、ボクは不安でならなかった。
どうしてそんなことを言い出すのか、と。
「見えない、か……ごめんね! あ、そうだ。せっかくだからプリクラ一緒に撮ろう!」
ボクの顔をみて雪奈ちゃんの笑顔がこわばる。
そして、そのこわばりを振り払うような笑顔でボクにそう言ってくれた。
でも、ボクはプリクラなんて取ったことがない。
あれ、本当に撮ったことない…?
「えっと、お金あったかな?」
財布を出して中身を確認する雪奈ちゃん。
その時に、何かがら財布からぽとりと落ちた。
「落ちたよ、ゆき……」
落ちたものを拾ってみて、ボクは思わず固まった。
そこに映っていたのは、雪奈ちゃんと知らない女の子。
「ダイスキv」と書かれた文字に仲良く恋人つなぎをしている。
なぜだろう、知らないはずなのに知っているような、この違和感はいったい……
「ありがとう…あれ、この子誰だろう? 制服は一緒だから同じ学校……?」
雪奈ちゃんの言葉を聞いた瞬間、ボクは直接脳に何かを叩きつけられた感覚に陥った。
雪奈ちゃんが言った、踏切の話からきっと何かがずれていたのかもしれない。
いや違う。『ボク』は忘れていただけなんだ。
世界のほころびが、雪奈ちゃんの発言に乗って『ボク』に思い出させようとしてるんだ。
「……雪奈ちゃん、ごめん。今日は帰る」
「え? あ、凛久君!」
ボクは雪奈ちゃんを見ずに走り出す。
苦しい、あぁ、苦しい…!
『御影凛久(ボク)』は「日向凛(ワタシ)」だったじゃないか…!!